光を観察しよう。何色だろう? 主光源は何だろう? 他に光源はないか? 電球や太陽からの直接光か、それとも空や窓からの拡散光か? 影はあるか? それはくっきりした影だろうか? 霧やちり、霞など、光に影響を与える大気中の要因はないだろうか? その光を受けて美しいと感じるだろうか? もし美しいと感じるなら、それはなぜだろう?
『画づくりのための光の授業』リチャード・ヨット著
即物的なハウツー本かと思い手にとってみたら、思っていた以上に文学的であり、理論的でもあり、景色や映画の見方が広がる素敵な本だった。
最近動画編集にDaVinci Resolveを用いるようになり、カラーグレーディング等について改めて勉強したくなったので楽しく読んでいる。3DCGのレンダリングをするのもさらに楽しくなった。
日常的な状況では、ほとんどの光源は色を帯びているが、人間の脳はそれをうまく修正し、実際に見ている絶対的な色ではなく、納得しやすい相対的な色として知覚している。
手元のmac book proも、シルバーに思えてよく見れば暖色のデスクライトに照らされて彩度の低いオレンジ色をしている。さらによく見れば、そのデスクライトの光が弱まって届いている部分は蛍光灯の光によって青白色をしている。日陰も黒ではなく、濃い青みを帯びている。それは天空光が反射するからであり、日陰にも光があるのは、大気が光を散乱するからである。では大気のない月面では、日陰に立てば真っ暗闇のはずである。
景色を脇役に、光に着目しながらする散歩をしたくなった。
あまり関係ないが、以前からテクスチャ採集の散歩なるものをしている。
よく見れば、テクスチャ浮き出具合もライティングの方向に随分左右されていることに気付かされた。
これは猫のテクスチャ。
「写真」という訳語は、やはり明治以降ですかね。戦前に「光画」っていういい方がありましたけど、あのほうがいいとおもうんですけどね。
『写真<イメージの冒険7>』(河出書房新社/1978)谷川俊太郎さんの言葉。